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近現代国家神道の形成―国家神道へ

第三章 神道と天皇―武士「道」から国家神「道」へ

第三節 近現代国家神道の形成―国家神道へ

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そして儒家神道も神道の一種であるため、新渡戸稲造の『武士道』に神道の 描述に嵌め込むことができる。問題になったのは「親に対する孝行」である。

親は儒教的観点から言うと上下関係の上に当たる。そして広義では、祖先は既 に亡くなった数世代以前の血縁者全般のことを指しているが、狭義では直系の 尊属を指す場合が多い。狭義の考え方では親も祖先に当たっている。ある意味 では「上下関係」と「祖先への敬意」が結合して「親に対する孝行」になった 可能性が全くないとは言えないが、疑う余地はある。武士道に秘める「上下関 係」への重視とその「忠誠観」は、のちの国家神道に繫がると考えている。

第三節 近現代国家神道の形成―国家神道へ

3-1 国家神道の誕生

神道が表、つまり歴史的舞台に登場するのが、一八六八年(慶応四年、明治 元年)以降である。国体の護持と国家の再生は、純粋で国家的な宗教であるこ とが要求された。神道は他の宗教から純化され、やがて再興に至った。仏教に は多数の教派を持ち、個人的で、実際的な宗教となったが、神道は国家的制度 と義務を宗教化した。また、国家神道の形成に、武士道の精神をも含めている と考えられる。一八六八年正月一七日に倒幕の実現により誕生した新政府は、

成立の直後に、太政官のもとに神祇事務科を設置、二月三日に神祇事務局に改 めた。神道を公に、国民に参拝の義務が付けられるようになったのである。

明治維新によって成立した近代天皇制政府は、成立直後の一八六八年、政治 理念の基本として祭政一致を掲げ、神祇官を再興し、神仏判然令を打ち出した。

一八六九年全官衙の最高位となった。このように、国家の神祇制度が再興され、

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天皇制国家権力の宗教的権威が全面的に復活した。84

村上重良によれば、近代天皇制国家は、天皇を現人神とし、天皇の存在を神 聖不可侵として、国民に天皇崇拝を強制した。天皇の統治は、古代天皇制国家 がつくった『古事記』、『日本書紀』の神話によって、根拠づけられていたとい う。また、このような古代神話と政治支配の直結は、近代化された資本主義社 会の政治体制としては、ほとんど世界に類例のない特異な型態であった。

しかも、「大日本帝国」は、立憲君主制の近代的法治国家の体制をとってい たから、国家権力の神話的基礎と近代的な国家体制とは、近代天皇制国家に内 在する解決するべくもない体質的な矛盾として、一八八九年の帝国憲法制定後、

一九四五年の太平洋戦争の敗戦まで持ち越されることになった。大日本帝国の 国体についての教義をかかげ、全ての神社を国家の宗祀とする国家神道は、近 代天皇制国家の宗教的基礎を形成していた。国家神道は、世界の宗教史上でも 稀な特異な性格と構造をもつ国家宗教であり、国民に対する精神的支配の強力 で有効な武器であったという。85

まず、国家神道に名詞定義を確認していきたい。

「明治維新から、第二次世界大戦の敗戦に至るまで、国家のイデオロギー的 基礎となった宗教。事実上の、日本の国教といってよい。ただし、「国家神道」

の名は、日本自体においては使われておらず、「神道」「神ながらの道」、また は「国体」と呼ばれていた。敗戦後、State Shinto の訳語として、「国家神道」

の名が一般化された。」86つまり、「国家神道」という語の出現は、敗戦後から である。

一九四五年(昭和二〇年)十二月十五日、日本占領の連合国最高司令部(GHQ)

より、「国家神道・神社神道ニ対スル政府ノ保証・支援・保全・監督及ビ弘布

84.村上重良(1973)、『天皇制と日本宗教』、伝統と現代社、PP.184。

85.村上重良(1973)、『天皇制と日本宗教』、伝統と現代社、PP.177-178。

86.柳川啓一(1984)、『国史大辞典・第五巻』、吉川弘文館、P.888。

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ノ廃止ニ関スル件」87との標題で、神道・神社を国家より分離することを指令 した覚書を公表した。これにより、従来の神社の国家管理制、公教育の場での 宗教教育、国家、地方公共団体が宗教儀式を行うことなどが禁止され、最後に 天皇の「人間宣言」によって、正式的に天皇の神格を否定した。

本節では近代史の中で、アニミズムだった神道が、随神の道から国家神道へ の過程、つまり近代史における神道思想の変化を明瞭にし、また、「随神の道」

から「国家神道」への移行の動きと変遷を明らかにし、その変化の所以を解明 したい。

神道は前章のように、歴史においては有力的な宗教とは言えない。神道は仏 教の公伝によって失脚し、付随的な存在になったのである。神仏習合の流れを 顧みると明白なことである。近代において、国体神道が主流となったのである。

安蘇谷正彦によれば、国体とは「国柄」を指し、政治的・文化的に天皇を中心 とした日本国家のあり方と規定されようと指摘している。

国家神道は、明治維新から、第二次世界大戦の敗戦に至るまで、国家のイデ オロギー的基礎となった宗教である。事実上の日本国教といえる。先に挙げた

「国体」とも呼ばれる。前節にも引用した描述のように、「国家神道」の名は、

日本自体においては使われておらず、「神道」「神ながらの道」、または「国体」

と呼ばれていた。敗戦後、State Shinto の訳語として、「国家神道」の名が一 般化されたという。

柳川啓一によれば、国家神道の思想の前提としては、復古神道の天皇崇拝と、

水戸派の儒学の国体観念があり、いずれも日本のナショナリズムを強調したも のであったという。つまり、外国通商の進出に当たっては、このようになる(国 体の護持)のも想定していると考えられよう。

また、明治元年(一八六八)の東京奠都の際、明治天皇が氷川神社に詣で、

87.文部科学省、「神道指令」、

https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1317996.htm

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発布した詔勅の中に「神祇を尊び、祭祀を重んずるは、皇国の大典、政教の基 本なり」とあり、新政府の基礎は、政教一致にあることを宣言している。同年 の神祇官再興をはじめとして、神道を唯一の宗教として、国民の中に定着させ ようとしたが、同年に教部省の廃止とともに、この試みは打ち切られた。

しかしながら、大日本帝国憲法発布(明治二十二年)によって、信教の自由 が規定されると、これに処するために、教派神道は別として、国家の祭祀とし ての神道は、宗教ではないという見解を政府はとったとのことである。同年に、

勅令第一二号によって、官公私立を問わず、学校における宗教教育を禁止し、

国家神道は、宗教を超越した教育の基礎としたのである。88

宗教であると認められた国体、つまり国家神道はここで宗教という色彩を取 り除くことになった。安蘇谷正彦の見方では、明治政府は弱肉強食の世界状況 の中で真の意味での独立をするには、富国強兵策を練りだす以外は考えられな い。それが故に、天皇を中心とした中央集権国家の確立を目指し、同時に日本 人の精神的な拠り所、ないしは国民の精神的統合をはかるため、あるいはキリ スト教の普及防止も一因であったと言っている。89

その成立の原因に続いて、柳川啓一によると、明治二三年に発布された教育 勅語には、神話的色彩をもち、また儒教倫理をも取り入れた内容であって、国 民道徳の基本を示した。制度的にも、一般の宗教は、文部省宗教局の監督下に あったが、神社は、内務省神社局のもとに置かれ、国庫からの公金の支出を得 た。

3-2 国家神道の定義について

国家神道は明確な教義を有している。安蘇谷正彦によれば、国家神道は、宗

88.柳川啓一(1984)、『国史大辞典・第五巻』、吉川弘文館、P.889。

89.安蘇谷正彦(1994)、『神道とはなにか』、ぺりかん社、P.195。

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教と政治と教育を一致させ、それらの宗教的基礎となった。すなわち、天皇は、

神話的祖先である天照大神から万世一系の血統をつぐ神の子孫であり、自ら現 御神である。また『古事記』『日本書紀』の神話の国土の形成、天壌無窮の神 勅にみえるように、日本は特別に神の保護を受けた神国であるという。90

柳川啓一によれば、国家神道は以下の教義を有している。

(一) 天皇は神話的祖先である天照大神から万世一系の血統をつぐ神の子孫 であり、自ら現御神(あきつみかみ)である。

(二) 『古事記』、『日本書紀』の神話の国土の形成、天壌無窮の神勅にみえ るように、日本は特別に神の保護を受けた神国である。

(三) 世界を救済するのは日本の使命。他国への進出は聖戦として意味づけ られた。

(四) 道徳の面においては、天皇は親であり、臣民は子であるから、天皇へ の忠は孝ともなるという忠孝一本説。91

前節に言及した武士道は、(二)に嵌め合わせることができる。国家神道自

前節に言及した武士道は、(二)に嵌め合わせることができる。国家神道自