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第一篇 家庭内に生きる少女と妻の反抗表現

1.2 閉ざされた家の闇

父親が亡くなった後、お蘭は「背負ひあまる負債もあり、あはれ此處なる邸 も他人の所有」と、家没落の経緯を負い、主従三人が屋敷にこもり住む。冒頭 の語りからみると、松川屋敷は「取まはしたる邸の廣さは幾ばく坪とか聞こえ て、閉ぢたるまゝの大門はいつぞやの暴風雨をそのまゝ今にも覆へらん様あや ふく、(略)訪ふ人もなく、哀れに淋しき主従三人は都ながらの山住居にも似 たるべし」(一・p.312)という俗世間と交わりを持たない、閉ざされた空間と して設定される。「底知らずの古池」は、さらに松川屋敷から切断された時空 であるというイメージを植え付けられている。8古池のトポロジィについて、

前田愛氏は、「松川屋敷の古池は、グロテスクな風景のすべてが収斂する中心 なのである。松川屋敷に立ち込める無気味な死の雰囲気が、ひときわ濃縮され て淀んでいる所が、この『底知らずの池』の漏斗である」と指摘した。9それ に対し、北田幸恵氏は、実は池は「グロテスクな風景のすべてが収斂する中心」

であるばかりでなく、「静かに眠る処」「住よかるべし」という〈彼岸〉への入 り口として設定されていると述べた。10しかし、はたして松川屋敷は死のトポ スとして設定されるのであろうか。次の描写から考えてみよう。

「さしも廣かる邸内を手入れの届かねば木はいや茂りに茂りて、折し もあれ夏草處得がほにひろがれば、忘れ草しのぶ草それ等は論なし、刈 るも物うき雑草のしげみをたどりて裏手にめぐれば幾抱への松が枝大蛇 の水にのぞめる如くうねりて、下枝はぬるゝ古池の深さ幾ばくぞ、昔し は東屋のたてりし處とて、小高き所の今も餘波は見ゆめれど、まやの餘

8 藤井信乃「一葉ノート(二)―「やみ夜」について」『星美学園短期大学研究論叢』34 巻、

2002.3、p.68

9 前田愛「一葉の転機―『暗夜』の意味するもの―」『樋口一葉の世界』、筑摩書房、1989.9、

p.159

10 北田幸恵「越境する女・お蘭―『やみ夜』論」『樋口一葉を読みなおす』、學藝書林、1994.6、

p.81

りも浅ましくあれて、秋風ふかねど入日かげろふ夕ぐれなどは獨りたつ まじき怪の心さへ呼おこすべく」(五・p.324)

考えてみると、廃園風景の不気味な雰囲気は、まず「閉じたるまゝ」空間、

月なく闇の色深く陰暦五月二十八日という時間、人気なく雑草の茂みに生えて いる荒廃の邸内といった設定に重ねられている。次に、古池はお蘭の父親が自 ら命を絶った場所である。山師の醜名を背負ったまま、死の真相を明らかにせ ず、謎に包まれた底のない池でもある。つまり、松川屋敷のトポスは、「死の 世界」「反世界」「反社会性」「異界」「境界性」11というだけでは片付けられな いのである。松川屋敷は社会と対立するトポスや死のトポスに位置づけられな く、社会から捨てられ、冷やかされたところであり、世間の冷たさ、真実に対 面できない醜悪さを示している。いわば、世間の闇を象徴しているトポスであ る。したがって、松川屋敷の不気味さ、恐ろしさは世間の闇に由来しているの である。荒廃、零落、闇、死、謎といったイメージによって表象される。俗世 間との接点が途絶えた、社会から隔離された静止の空間に封じられ、死の真相 は誰にも知らず、深い闇に包まれた光のない暗い世界であり、「浮世に遠ざか るやうな」孤絶の世界である。ひいては、「哀しさ」「淋しさ」「恐ろしさ」と いった雰囲気に重ねられ、頽廃、絶望意識というような主人公お蘭の心の闇も 窺われる。それで、外部の闇から内部の闇まで捉えられる遠近法を通して、『や み夜』の統一的な「暗さ」という基調を形成していく。

「怕き處のやうに人思ひぬ」(一・p.312)松川屋敷の奥の一室にヒロインお 蘭の姿を現す。松川屋敷という閉じたままの空間の中で人物像も俗世間から逸 脱する女として造型されている。お蘭の風貌を「観音さま」よりも「淋しく」

「美し」いと評価する言辞へと収束し、〈世の定型から逸脱した姿〉を示しつ つ、ヒロインの美を〈超俗的〉というイメージで捉えさせる。12もっと注目す

11 松川屋敷の闇と死の世界は、文明開化へのパラドックスであり、「才子の君、利口の君万々 歳」の明治社会総体に突きつけられた陰鬱な反世界でなければならなかった。(前田愛「一葉 の転機―『暗夜』の意味するもの―」『樋口一葉の世界』、筑摩書房、1989.9、p.162)屋敷は、

お蘭が統べる闇と死のトポスとして設定され、その隔離と闇と死は、場の反社会性、境界性を 表象する。(藤井信乃「一葉ノート(二)―『やみ夜』について―」『星美学園短期大学研究論 叢』34 巻、2002.3、p.69)

12 峯村至津子「〈烈女幻想〉の揺らぎ―樋口一葉『やみ夜』再考」『国語国文』76 巻 5 号、2007.5、

p.3

べきなのは、お蘭の「深く思ひいりたる眼」、「折折にさゞ波うつ柳眉」、「愁ひ」

(一・p.313)を含んだ表情である。その表情は彼女の心の闇を表す表象とも いえる。

お蘭の父親が古池へ投身自殺したのは、波崎漂の裏切りによるのである。波 崎は、「衆議院に美男の聞えある年少議員」であるし、お蘭の婚約者、恋人で もある。八年前、波崎とお蘭の父、松川が「世にある頃は水魚の交り」であっ た。波崎の地位と「今日の財産も半は」松川の助力によったものであるという。

だが、波崎が「外国あるき」の間に、松川は波崎に選挙で起こった「沙汰」の 責任を負ったが、実は、波崎こそは張本人でありながら、手先の松川に罪を負 わせた。松川の死後、もちろんお蘭との婚約も破棄した。父の無惨な死と波崎 の裏切りは、お蘭に世間に対する憤慨させ、人間嫌いの感情をもたらせる。

「流石に天道是非無差別といひがたけれど、口に正義の髭つき立派な る方様のうちに恐ろしや實の罪はありける物を、手先に使はれける父が 身はあはれ露拂ひなる先供なりけり、毒味の膳に當てられて一人犠牲に のぼりたればこそ残る人々の枕高く、春のよの夢花をも見るなれ、さて は恩ある忘れがたみに切めては露の情もあるべきを、あれゆく門に馬車 あとたえて行かば恐ろし世上の口と、きたなき物は人心ならずや」(七・

p.328-329)

以上の引用文からみると、お蘭はすでに善悪是非無差別となった世態を批評 し、あるいは抗議していることが窺える。即ち、塚本章子氏の言うように、『や み夜』には、倫理観が崩壊し、利益に目が眩み、不公正が横行するようになっ た世に対する憤りが込められているのである。13従来の読解は、政治社会の頽 廃に対する一葉の痛烈な抗議として捉えられてしまいがちだが、「世情への批 判、抗議」というだけで片付けられないような面を有していると考えられる。

つまり、注意しておくべきなのは、「きたなき物は人心ならず」という男の醜 悪な心を憎んでいるお蘭の怨念である。お蘭の父が山師の汚名を着たけれども、

13 塚本章子「樋口一葉『暗夜』論-交錯する「闇」の諸相」『近代文学試論』37 号、1999.12、

p.8

昔、父から恩を受けた波崎と官僚たちはその恩を忘れて、父の醜名をすすぐ人 が一人もいない。「訪ふ人もなく」、「あれゆく門に馬車あとたえて行かば恐ろ し世上の口」と知らぬ顔をして、誰でも事件と関わりたくない。遂に「醜名な がく止まる奥庭の古池に、あとは言ふまじ恐ろしやと雨夜の雑談」(一・p.312)

になってしまった。

父親の死後、周りの冷たい仕打ちを見据えているお蘭の心は、「悲しさ怕さ 口惜しさ」(七・p.329)に染み込まれている。そして、波崎の裏切りに対し、

お蘭は「誰が為守る操の色ぞ」「憎くき男心におめおめと秋の色ひとり見て」

(七・p.330)という口惜しい感情を持ち、「甲斐なき捨てられ物」に過ぎない と認めて憤慨した。杉藤美穂氏によると、〈結婚をすることで「女性」として の使命は果たされる。しかし、当時の女性の適齢期は一七、八歳であり、二五 歳のお蘭は婚期を逃してしまったといえる。妻や母にならない生き方は一般に 異端者として扱われた。当時の風潮の中で、お蘭が肩身の狭い思いをしていた ことは察しがつく。また、当時独身女性が戸主である場合、戸主は他家に嫁ぐ ことは許されなかった。女戸主14は婿養子を迎え、家を守らねばならない。と ころがお蘭は多額の負債を抱えているのであり、しかも亡き父は世間から山師 だと考えられていた。こうした特異な状況にあるお蘭のもとに、すすんで婿養 子に来る男性は、まずいなかったと捉えるべきであろうし、そのことによって、

「良妻賢母主義」の女性像とますますかけ離れていく彼女は、社会の冷ややか な視線を一層感じねばならなかったであろう〉。15このように、お蘭は波崎の 裏切りによる家族が崩壊し、結婚もできず、世から遠ざかる「捨てられ物」と

「良妻賢母主義」の女性像とますますかけ離れていく彼女は、社会の冷ややか な視線を一層感じねばならなかったであろう〉。15このように、お蘭は波崎の 裏切りによる家族が崩壊し、結婚もできず、世から遠ざかる「捨てられ物」と