5.2 「悪場所」の金銭支配論理に抵抗する信如
5.4 無垢の対幻想による反抗意識
美登利の信如への思いは「唯いつとなく二人の中に大川一つ横たはりて」と いう段階から、「人前をば物識らしく温順につくりて、陰に廻りて機關の糸を 引しは藤本の仕業に極まりぬ、よし級は上にせよ、學は出來るにせよ、龍華寺 さまの若旦那にせよ、大黒屋の美登利紙一枚のお世話にも預からぬ物を」(七)
と冷えたかにみえるが、夏祭りも過ぎ秋雨しとしと降るある夜、筆やに買物に 来た信如に対して、「意地惡るの、根生まがりの、ひねつこびれの、吃りの、
齒かけの、嫌やな奴め」(十一)とののしりながらも、「とぼとぼと歩む信如の 後かげ、何時までも、何時までも、何時までも見送る」(十一)ようになる。
そして、信如が下駄の鼻緒を踏み切る場面へと美登利と信如の恋心がみえてく るのである。
「それと見るより美登利の顏は赤う成りて、何のやうの大事にでも逢ひし やうに、胸の動悸の早くうつを、人の見るかと背後の見られて、恐る恐る 門の侍へ寄れば、信如もふつと振返りて、此れも無言に脇を流るゝ冷汗、
跣足になりて逃げ出したき思ひなり。平常の美登利ならば信如が難義の體 を指さして、あれあれ彼の意久地なしと笑ふて笑ふて笑ひ拔いて、言ひた いまゝの惡まれ口、よくもお祭りの夜は正太さんに仇をするとて私たちが 遊びの邪魔をさせ、罪も無い三ちやんを擲かせて、お前は高見で采配を振 つてお出なされたの、さあ謝罪なさんすか、何とで御座んす、私の事を女 郎女郎と長吉づらに言はせるのもお前の指圖、女郎でも宜いでは無いか、
塵一本お前さんが世話には成らぬ、私には父さんもあり母さんもあり、大 黒屋の旦那も姉さんもある、お前のやうな腥のお世話には能うならぬほど に餘計な女郎呼はり置いて貰ひましよ、言ふ事があらば陰のくすくすなら で此處でお言ひなされ、お相手には何時でも成つて見せまする、さあ何と で御座んす、と袂を捉らへて捲しかくる勢ひ、さこそは當り難うもあるべ きを、物いはず格子のかげに小隱れて、さりとて立去るでも無しに唯うぢ うぢと胸とゞろかすは平常の美登利のさまにては無かりき。」(十二・
p.435-436、下線筆者)
語り手は「平常
..
の美登利ならば」をはじめ仮定形をとって美登利の異常な状 態を強調している。美登利は実際に「物いはず格子のかげに小隱れて、さりと て立去るでも無しに唯うぢうぢと胸とゞろかすは平常
..
の美登利のさまにては 無かりき」とあるように、平常の様態と違って、何も言わず、どきどきしてい る。美登利の反応からみると、信如に対する恋心が窺える。母親の呼声に返事 したとき、「其聲信如に聞えしを恥かしく、胸はわくわくと上氣して」いる反 応からも窺える。一方、信如も「無言に脇を流るゝ冷汗、跣足になりて逃げ出 したき思ひなり」(十二)「顧みねども其人と思ふに、わなわなと慄へて顏の色 も變るべく」(十三)と恥しがている。また、美登利は格子門の外に友仙のち りめんの切れ端を投げ与えた場面も互いの恋慕の情が垣間見る。
「胸はわくわくと上氣して、何うでも明けられぬ門の際にさりとも見過 しがたき難義をさまざまの思案盡して、格子の間より手に持つ裂れを物い はず投げ出せば、見ぬやうに見て知らず顏を信如のつくるに、ゑゝ例の通 りの心根と遣る瀬なき思ひを眼に集めて、少し涕の恨み顏、何を憎んで其 やうに無情そぶりは見せらるゝ、言ひたい事は此方にあるを、餘りな人と こみ上るほど思ひに迫れど、母親の呼聲しばしばなるを侘しく、詮方なさ に一ト足二タ足ゑゝ何ぞいの未練くさい、思はく恥かしと身をかへして、
かたかたと飛石を傳ひゆくに、信如は今ぞ淋しう見かへれば紅入り友仙の 雨にぬれて紅葉の形のうるはしきが我が足ちかく散ぼひたる、そゞろに床 しき思ひは有れども、手に取あぐる事をもせず空しう眺めて憂き思ひあり。
(十三・p.437-438)
美登利はちりめんの切れ端を投げ出した時、信如は見ないぶりをしている。
そのときの美登利は「遣る瀬なき思ひを眼に集めて、少し涕の恨み顏」をして、
せつない気持ちを抱いている。信如は「紅入り友仙」を拾い上げずに、ただ、
「そゞろに床しき思ひは有れども、手に取あぐる事をもせず空しう眺めて憂き 思ひあり」とあるように、物思いをしている。おそらく信如は美登利に引かれ たけれど、二人の中の大川を渡す勇気がなく、ただ岸辺に留まるのである。そ の場から離れるときに、信如は「友仙の紅葉眼に殘りて、捨てゝ過ぐるにしの び難く心殘りして見返れば」とあるように、「紅入り友仙」を拾い上げないこ とに心残りが感じている。美登利の好意を受けるかどうかと躊躇っているとき に、長吉に声をかけられ、物思いをする幻想空間から現実の世界に戻ってきた。
同じように、美登利は「母親の呼聲」によって、信如に対する思いをする幻想 から現実に戻ってきた。いわば、「大黒屋の美登利」、「龍華寺の信如」という 称号を背負っる二人は、将来所属すべき場所はすでに決定され、二人の住む世 界は永遠に交わらないが、語り手は、「紅入の友仙」を媒介して、二人の互い に対する思いをする対幻想の空間を構築したのである。また、この二つの場面 からみると、美登利は、信如が長吉の味方になって自分と対立することや、「何 を憎んで其やうに無情そぶりは見せらるゝ」と相手にされないことを恨んでい ながら、彼女の信如に対する思慕の情が窺える。つまり、赤面、動悸、呼びか
けられない、動けない、涙顔など、これまでにない激しい情緒が起こり、それ らの反応からみると、美登利の信如に対する恋愛感情が見られる。それは、恋 心を抱いている相手相手に疎外されることを嫌がって、他者に接近したいとい う異性に対する欲求である。松本伸夫氏によると、〈思春期の異性感は、現実 ばなれのした幻想的、空想的な美化、あるいは、昇華したものである。それも、
性的倒錯現象である場合が多い。このような心理的現象を恥しく思い、異性感 を抑圧するとき、潔癖感や羞恥心がでてきて、異性忌避的態度がでてくること がある。ここに、異性への憧憬的な接近欲求がありながら、一方では、拮抗感 が現れ、拒否欲求がでてくる。この矛盾した両極的心情が、いつまでも、複雑 な葛藤をもたらせている。このため、たとえば、ある異性に対しては、積極的 に憧憬心情を高めているかあるいは、反発的態度にでるか、無関心・逃避的態 度をするかである。いずれにしても、現実的ではなく、未分化的心情である。
複雑な心情がある〉というのである。32信如は美登利を無視するふりからみる と、信如は彼女へ接近欲求がありながら、恥しく思い、忌避的態度で彼女を避 けている。それに、二人の中の大川を渡す勇気がなく、ただ岸辺に留まるとい う信如の反応からみると、第二章に自分の言った「僕は弱いもの」だという言 葉と対照してみれば、現実の障碍と対面しているときに、一歩を踏み出すこと ができず、その弱さによる彼女を避けているのである。
一方、美登利は信如へ対幻想を持ちながら、「何ぞいの未練くさい、思はく 恥かし」と反発的心情がでてくることがある。美登利と信如は互いに恋心をも っていても、所詮それぞれ僧侶と遊女になるという〈聖〉と〈俗〉の添えない 運命にたどり着くのである。少年と少女との別れを「水仙の作り花」をもって 象徴的に表現している。物語の終わりに誰が格子門の外に水仙の作り花を置く のか、おそらく信如は翌日修行に行く前に美登利に別れを告げるため置いてい たのである。信如は自分の思いを花に託して美登利に伝えている。水仙はお別 れの贈り物であり、自己愛・気高さ・報われぬ恋という花言葉を含んでいる。
33信如は水仙の花言葉にのせ、自分にとって、美登利が高潔な人であり、自分 自身を大事にしてほしい、愛してほしいという美登利に対する思いを伝えてい
32 松本伸夫『思春期心理学』学文社、1983.12、p.88-89
33 呉淑芬『花的奇妙世界: 四季花語録 160 則』、綠生活、1995.5、p.19-21
ると考えられる。一方、美登利は、水仙の「淋しく清き姿」を見て、信如の姿 を思い出しながら、「懐かしき思ひ」を抱いている。「水仙」はお別れ、報われ ぬ恋を象徴しているが、二人の純愛を「作り花」に凝っていて、永遠に保存し ているという意味をしている。
ると考えられる。一方、美登利は、水仙の「淋しく清き姿」を見て、信如の姿 を思い出しながら、「懐かしき思ひ」を抱いている。「水仙」はお別れ、報われ ぬ恋を象徴しているが、二人の純愛を「作り花」に凝っていて、永遠に保存し ているという意味をしている。