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第一篇 家庭内に生きる少女と妻の反抗表現

1.5 父の意(遺)志に生きる家族幻想

『やみ夜』は一葉がはじめて自我を表現するヒロインとして女性の内面を描 いた作品である。お蘭の内面に不条理な社会への反感と、恋人波崎漂に対する 怨恨を、一葉の現実に対する独自の鋭い批判の表現として読れるほかに、男性 社会と対抗する女性の内面に潜んだ自意識の表現として読み取ることができ る。つまり、時代が変わっても、世間の善悪基準が乱れ出しても、揺るがれな い自我意識を持ち、男性社会の主導力と対抗する「強情我慢」を通す女性とし て、『やみ夜』のお蘭の「泣きての後の冷笑」という女の恐ろしさ、女の執念 として表現されている。そして、お蘭の内面には、男性社会制度の構造に向け る二つの反抗意識が内包されている。一つは、男性社会への反発としての復讐 意識であり、もう一つは、家父長制度の内部に束縛される〈父の娘〉として生 きていかざるを得ない家族幻想である。

八年間も潜み続けていたお蘭の復讐意識は、悪魔の心性が生み出され、人間 性を喪失した「女夜叉」へ変貌し、男を道具として支配した。そこから、強い 反抗的な意志を持つ女性の「涙の後の女子心」の恐ろしさが窺える。〈魔女変 身劇は、女性恐怖を逆手にとった自己解放、自己表現の試みであり、それは始 めから強者に対する弱者の反抗、正統に対する異端の反抗を前提としており〉

31 趙恵淑「疎外された者の反逆―『やみ夜』『樋口一葉作品研究』、専修大学出版局、2007.2、

p.11

32 菅聡子「暗夜 校注」『新日本古典文学大系明治編 24 樋口一葉集』、岩波書店、2001.10、

p62

33、そして、〈お蘭が直次郎を使って復讐を計る場面は、これまでの作品では 家や男性の傀儡のように描かれていた女性が初めて直次郎という男を動かす 存在として際立っている〉。34そこでは、女性が男性に支配される位置から支 配する位置へと変え、男女の性的支配構造を逆転したことから、女性の性差へ の反逆・挑戦があると見ることができる。しかし、お蘭の復讐は、自ら行動を 出せず直次郎に依頼したのであり、それは主体的な意識に従う女性の後退的姿 勢であるといえる。それに、復讐の失敗は、社会の不条理や階級制度に対する 批判であり、近代に向って再編成されていく制度から外れる下層社会の人たち が、上層社会の支配構造を破壊できない反逆者の宿命を意味している。

一方、お蘭の反抗の志向性は、男性支配の社会に立ち向いているが、無意識 のうちに、家父長制度の担い手として「父が意志のつぎたさ」という自虐的な 家族幻想に囚われ、父系観念的をそのまま引きずられていく。つまり、家内部 に生きる娘は、無意識的に家父長制度を支える役割を担っているのである。河 野信子氏によると、観念の場で、父と息子は、しばしば、相互に否定しあう対 峙者としてあつかわれたのに比べて、父と娘は、まっすぐな継承者、または、

受容者としてあつかわれ、父系の定着と権力の周辺の流通とが渦巻くなかで、

「家系」が弱まるとき、娘は父系を強化するための擬制の枠組のなかに自己を 措き、父系の呪縛は、反抗または離脱の志を養うものとはならず、観念の実態 化へむかう素因となるというのである。35いわば、父系を担っているお蘭の復 讐は、女性から男性への反発である一方、無意識のうちに、社会への帰属を求 め、弱まる家系を回復させようとする男性社会制度を強化する担い手となって いる。関礼子氏は、〈明治家父長制と一葉との潜在的な共犯関係を指摘するこ ともあるいは可能かもしれない。しかし、父や兄の相次ぐ死去による物質的条 件の喪失は共犯関係を否定する方向へと一葉を運んだ〉と指摘している。36だ が、娘は父の観念の正当な受容体として、この種の意識界を担ってきた。ここ から考えれば、家内部の娘と家父長制との潜在的な共犯関係は語りえるもので

33 水田宗子『ヒロインからヒーローへ』、田畑書店、1982.12、p.231

34 矢田麻美「樋口一葉における「闇」についての一考察」『大妻女子大学大学院文学研究科論 集』通巻 13、2003.3、p.27

35 河野信子『家族幻想』、新評論、1986.2、p.195-201

36 関礼子『語る女たちの時代・一葉と明治女性表現』、新曜社、1997.4、p.144

あると思う。

『やみ夜』は、一葉後期作品の系譜に置いたとき、前期に見られない、家や 義理、操などに殉じて繰り返し描かれていた女性像を脱却し、はじめて執念深 い女性の内面に潜まれている悪魔の本性を見出し、女性の反抗意識を描きだし た。まだ世俗的批判を中心に描き、家父長制度に対しても無自覚に受容すると いう段階に止まっているのであるが、以後の作品、一葉は女性の内面に潜んで いる欲望や執念をより写実的な次元で作品化し、そして、制度への反逆、性差 別の偏見への挑戦を具像化していく。いわば、『やみ夜』は、はじめて社会的 性差(ジェンダー)と女性の性(精神と肉体)を対象化して描いたものであり、

後期的作品への転換点に位置しており、その後の一葉小説の方向を示している 作品である。